逸失利益の定期金賠償|交通事故の慰謝料を将来にわたって定額金で受け取る方法
交通事故の被害者やご家族が、あまり知らされていないことがあります。
そのひとつが、今回お話しする「定期金賠償」です。
定期金賠償とは、交通事故の損害賠償金のうち、「将来介護費用」や「後遺障害逸失利益」を被害者の方が一括でまとめて「一時金」として受け取るのではなく、毎月定額を将来にわたって受け取るというものです。
毎月の給料や年金と同じような考え方です。
ただし、この定期金賠償にはメリットとデメリットがあります。
また、交通事故の損害賠償ではこれまで、一時金で受け取ることが原則として慣例になってきたという事実があります。
しかし、被害者やご家族の中には、定期金で受け取りたいと考える方もいらっしゃるでしょう。
この点について、2020年7月に最高裁が損害賠償項目の中の逸失利益について、定期金賠償を認める判決を出しています。
被害者の方にとっては選択肢が広がったわけですから、今後、定期金賠償を求めたいという方も増えるかもしれません。
そこで本記事では、交通事故の被害者やご家族にとって、よりよい形で慰謝料や逸失利益などの損害賠償を受け取るための方法について解説していきたいと思います。
損害賠償における「一時金」と「定期金」の違いとは?
被害者の方が損害賠償を受け取るには次の2つの方法があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。
(1)一括で受け取るのが「一時金」
被害者の方に認められた損害賠償金のすべてを一時金として一括して受け取る方法です。
まとまった金額を一括で受け取ることができるというメリットがありますが、中間利息が控除されてしまうというデメリットがあります。
<中間利息の控除とは?>
たとえば、逸失利益というのは将来受け取るはずだったお金を今、まとめて受け取ることになります。
しかし、現在と将来ではお金の価値が違ってきます。
たとえば現在、手元にあるお金を運用することで増やせる可能性があると考えると、将来に受け取るお金のほうが価値が低いとも考えられるわけです。
すると、その差額をどうするかという問題が生じます。
加害者が任意保険に加入している場合、その保険会社が示談交渉の相手、つまり損害賠償金を支払うことになります。
そこで保険会社としては、損害賠償金を多く支払ってしまわないために中間利息を差し引くわけです。
(2)毎月受け取る「定期金」
被害者の方に認められた損害賠償金を毎月、定額で将来にわたって(一定期間)受け取る方法です。
<定期金賠償のメリット>
定期金では中間利息を控除されないので、トータルで考えると金額が減らされないというメリットがあります。
被害者の方の状況の変化など、実態に沿った適切な支払いを受けられるメリットもあります。
たとえば、裁判の判決後に後遺障害が重くなった場合、経済状況の変化(インフレなど)によって大きく物価が上昇したために生活が苦しくなったというような場合は、毎月の定期金の増額を求めることができます。
「民事訴訟法」
第117条
1.口頭弁論終結前に生じた損害につき定期金による賠償を命じた確定判決について、口頭弁論終結後に、後遺障害の程度、賃金水準その他の損害額の算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合には、その判決の変更を求める訴えを提起することができる。(後略)
場合によっては、一度に受け取った金額を早期に使い果たしてしまうといったことも考えられますが、定期金であればそうしたリスクを回避することができます。
<定期金賠償のデメリット>
保険会社が破綻した場合は損害賠償金を受け取ることができなくなります。
損害賠償実務では就労可能期間というものがあります。
基本的に定期金賠償の支払いは事故時から就労可能期間とされる67歳の前後まで継続されますが、今の時代、その間に加害者側の保険会社が破綻するという可能性がないとは言えません。
また、定期金の額が減らされる可能性もあります。
たとえば、国の経済状況の悪化により平均賃金が低下したり、被害者の方の後遺障害が回復した場合(これは良いことですが)などでは、減額が行なわれる場合もあります。
経済状況の変化などで毎月の定期金の増額を求めるような場合は裁判所に変更の訴えをしなければいけないため、手続きが必要になります。
定期金の支払いの場合、保険会社から定期的に現状、容体の確認を行われます。
被害者の方やご家族としては、そのたびに事故のことを思い出してしまうなど心理的な負担もデメリットになる可能性があります。
最高裁判決で定期金賠償が認められた!その内容を解説
(1)交通事故の逸失利益では定期金賠償が認められていなかった!?
前述したように、交通事故の損害賠償では原則、一時金支払いが慣例となってきました。
それは、損害賠償請求の支払方法について、民法などには明確に規定されていないことに加え、交通事故の損害賠償請求は、1回の交通事故によって生じた損害に対する補償を求めるものであるため、請求した時点ですべての損害賠償金を受け取る=一時金の一括受け取りが定着してきたためです。
ただし、後遺障害等級が重度の場合の将来介護費については終身の定期金賠償が認められてきました。
それは、将来的に長く続く介護が必要な場合、一時金として介護費用を受け取ると中間利息が控除されるために減額されてしまうこと、また被害者の方が平均余命を超えて延命した場合などでは将来介護費用が足りなくなるケースもあるからです。
(2)交通事故の逸失利益の定期金賠償を認めた最高裁判決を解説
ここでは交通事故の逸失利益について定期金賠償を認めた最高裁判決について見てみます。
【事故の概要】
2007年2月、北海道で当時4歳の男児が市道に飛び出した際に大型トラックにはねられた交通事故。
男児は頭部に重傷を負い、認知機能の低下や感情のコントロールができないといった高次脳機能障害の後遺症が残ったため、後遺障害3級が認定された。
【裁判の経緯と判決内容】
2015年6月、男児と両親が保険会社の損保ジャパンなどを相手取り、慰謝料や治療費などの損害賠償を求めて提訴。
そのうち、将来介護費については被害者死亡まで、後遺障害逸失利益は67歳までの定期金賠償(毎月45万円)を求めた。
1審の札幌地裁、2審の札幌高裁ともに、「将来も安定した生活を送れるように」という両親の希望を受け、被害者側の主張を認めて、労働能力を100%喪失した男児の逸失利益を約2億6000万円と算出。
男児側の過失分2割を差し引いたうえで、18~67歳の49年間にわたって毎月一定額を支払うよう損保ジャパンに命じた。
そこで、加害者と保険会社は最高裁に上告。
最高裁第一小法廷は、「民法は賠償の受け取りを一時金に限定していない」と指摘。
そして、「障害の程度や賃金水準に大きな変化があった場合、実態に即した損害額に是正することが公平だ」、「被害者が求めた場合、不利益を回復させ、損害の公平な分担を図る賠償制度の目的や理念に照らして相当であれば認められる」として、いったん決まった賠償額を後で変えられる定期金の対象になると判断し、被害者側の求めに応じて定期金を選ぶことを認めた。
なお、被害者が賠償途中で死亡した場合でも、その後の定期金支払いは継続されるとした。
今回は、約2億6000万円の逸失利益が一時痕の場合は約6500万円に減額されるという事案でしたが、定額金賠償であれば被害者の方の年齢や状況によっては、受取額が大幅に増えることが最高裁判決によって認められたことになります。
逸失利益を減額されたくない、将来にわたって安定的にお金を受け取りたい、という被害者の方やご家族にとっての救済の道が広がることになった判決だったと思います。
後遺障害逸失利益の計算方法とは?
たとえば、30歳の会社員の方の逸失利益を計算する場合、「私の現在の年収は500万円。将来は70歳まで仕事をするつもりだったのだから、私が受け取るべき金額は、
500万円×40年分=2億円のはずだ」と考えたとしても、逸失利益はその金額にはなりません。
後遺障害逸失利益は次の計算式によって求められ、各項目には法律上の決まりがあります。
<後遺障害逸失利益の計算式>
基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数
= 後遺障害逸失利益
上記の計算式を基本としながら、実際の交通事故の損害賠償実務では、次のような要因も考慮しながら算定していきます。
・労働能力の低下、喪失の程度
・収入の変化
・将来の昇進、転職、失業などの可能性
・日常生活でどのような不便があるのか など
①基礎収入
原則、被害者の方が事故前に得ていた収入額を基礎とします。
将来的に現実収入額以上の収入を得られる立証ができれば、その金額が基礎収入となります。
現実の収入額が賃金センサスの平均賃金を下回っていても、将来的に平均賃金程度の収入を得られる蓋然性があれば、平均賃金を基礎収入として算定します。
※賃金センサスとは、厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめたもので、職業別・年齢別などによって労働者の平均賃金がわかるようになっています。
※蓋然性=ある事柄が起こる確実性、真実として認められる確実性の度合いのこと。
学生・生徒・幼児の場合、「賃金センサス第1巻第1表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別全年齢平均の賃金額」を基礎とします。
女子年少者の場合、女性労働者の全年齢平均賃金ではなく、一般的には男女を含む全労働者の全年齢平均賃金で算出します。
被害者の方が大学生になっていなくても、大卒の賃金センサスが基礎収入と認められる場合があります。
ただし、大卒の賃金センサスによる場合、就労の始期が遅れるため、全体としての損害額が学歴計平均額を使用する場合と比べて減る場合があることに注意が必要。
②労働能力喪失率
後遺障害等級ごとに決められたパーセンテージがあるので、これを基本として用いるのですが、実際の算定では「被害者の方の職業」「年齢」「性別」「後遺症の部位と程度」「事故前後の労働状況」などを考慮しながら総合的に判断していきます。
<労働能力喪失率>
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
第1級 | 100% |
第2級 | 100% |
第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
③労働能力喪失期間
事故による後遺障害がなければ、あと何年間働くことができたのかを仮定するもので、原則として67歳までとされます。
しかし、未成年者や高齢者の場合は修正が加えられる場合があります。
労働能力喪失期間の始期は症状固定日とされます。
しかし、被害者の方の職種や地位、能力、健康状態などによっては違う判断をされる場合もあります。
症状固定時の年齢が67歳以上の場合は、原則として労働能力喪失期間を簡易生命表の平均予命の2分の1とします。
なお、症状固定時から67歳までの年数が簡易生命表の平均余命の2分の1より短くなる場合は、原則として平均余命の2分の1とします。
【参考情報】(厚生労働省)
令和2年簡易生命表(男)
令和2年簡易生命表(女)
④ライプニッツ係数
逸失利益は、被害者の方にとっては将来に受け取るはずだった金額(収入)を前倒しで現在、受け取るものです。
現在と将来ではお金の価値に変動があるため、保険会社にとっては将来的な金利分を差し引かずにそのまま支払ってしまうと損をすることになってしまいます。
そこで、その差を調整するためにライプニッツ係数が用いられます。
ライプニッツ係数の算出は複雑で難しいため、あらかじめ算出されている「ライプニッツ係数表」を使用します。
通常、基準時は症状固定時とされます。
民法改正にともない、2020年4月1日以降に起きた交通事故の場合は、ライプニッツ係数の法定利率は3%で計算し、以降は3年ごとに見直されます。
原則として、後遺症がある場合は生活費を控除しませんが、死亡事故の場合は控除します。
後遺障害逸失利益を計算してみる
ここでは、30歳(症状固定時)の男性会社員が高次脳機能障害の後遺症を負い、後遺障害等級7級4号が認定された場合を例に逸失利益を計算してみます。
・基礎収入:500万円
・労働能力喪失率:56%(後遺障害等級7級と仮定)
・ライプニッツ係数:22.167(就労可能年数は、67歳までの37年間)
「計算式」
5,000,000円 × 0.56 ×
22.167 = 62,067,600円
死亡逸失利益の計算方法について
死亡逸失利益の場合の計算式は次のとおりです。
<死亡逸失利益の計算式>
(基礎年収額) × (就労可能年数に対するライプニッツ係数) × (1-生活費控除率)
= (死亡逸失利益)
原則として、死亡事故の場合は生活費を控除します。
生活費控除率は、被害者の方の家庭での立場や状況によって、概ねの相場の割合が次のように決まっています。
<生活費控除率の目安>
被害者が一家の支柱で被扶養者が1人の場合 | 40% |
---|---|
被害者が一家の支柱で被扶養者が2人以上の場合 | 30% |
被害者が女性(主婦、独身、幼児等含む)の場合 | 30% |
被害者が男性(独身、幼児等含む)の場合 | 50% |
被害者が一家の支柱で被扶養者が1人の場合 | 40% |
---|---|
被害者が一家の支柱で被扶養者が2人以上の場合 | 30% |
被害者が女性(主婦、独身、幼児等含む)の場合 | 30% |
被害者が男性(独身、幼児等含む)の場合 | 50% |
<死亡逸失利益の計算例>
ここでは、次の条件で計算をしてみます
・42歳(女性/専業主婦)
・基礎収入:3,819,200円
・ライプニッツ係数:17.413(就労可能期間25年の数値を用いる)
・生活費控除率:30%(女性・主婦)
「計算式」
3,819,200円 × 17.413 ×
(1-0.3) = 46,552,610円
以上、交通事故の逸失利益について、さまざまな角度から解説しました。
みらい総合法律事務所では、被害者救済のために随時、無料相談を受け付けています。
逸失利益の定期金賠償を求めている方、加害者側の保険会社との示談交渉が進んでいないといった問題を抱えている方は、ぜひ一度ご相談ください。
代表社員 弁護士 谷原誠