交通事故の損害賠償金における素因減額とは?
交通事故の被害者の方が慰謝料などの損害賠償について、ほとんど知らされていないことがあります。
その一つが「素因減額」です。
素因減額とは、被害者の方にもともとあった「あること」のために損害賠償金が減額されてしまうことです。
交通事故の被害にあって後遺症が残ってしまい、さらに損害賠償金を減らされてしまうことなど、あってはならないことです。
そこで本記事では、
・どのような場合に素因減額が行なわれてしまうのか?
・被害者の方が知っておきたい素因減額への対処法
などについてお話ししていきます。
交通事故の損害賠償金が減額される3つの要因とは…
交通事故の被害者の方が受け取るべき損害賠償金が減額される場合の主な理由には次のようなものがあります。
・過失相殺
・損益相殺
・素因減額
「過失相殺」
交通事故の損害賠償では、被害者と加害者それぞれに不注意などによる過失=責任の度合いがどのくらいあったのかが重要になるのですが、これを「過失割合」といいます。
たとえば加害者の過失8割、被害者の方の過失2割と認定された場合、慰謝料や逸失利益などを合計した損害賠償金が1000万円なら、そのうちの2割を減額され、最終的には800万円になるわけで、これが過失相殺です。
「損益相殺」
交通事故により被害者の方が何らかの経済的利益を得た場合、その金額分が損害賠償金から差し引かれることです。
たとえば、加害者側の保険会社から治療費や休業補償を受け取っている場合=内払いを受けている場合には、その金額は最終的な損害賠償額から減額されます。
また、まず先に自賠責保険や労災保険からまとまった金額を受け取った場合、損害賠償金は二重には受け取ることができないので、その分は最終的な金額からは差し引かれることになります。
素因減額で問題になるポイントを解説
(1)素因減額に該当するケースとは…
素因減額とは、次の①②のような要因がもともと被害者の方にあり、それが交通事故による損害の発生や拡大の一因になっていて、通常発生する程度や範囲を超えるものであると判断された場合、その程度に応じて損害賠償金を減額されてしまうことです。
裁判でも、民法722条2項を根拠に、過失相殺に準じるものとして取り扱われます。
「民法」
第722条(損害賠償の方法、中間利息の控除及び過失相殺)
2.被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
①心因的素因がある場合
被害者自身に特異な性格があったり、過剰反応などの心因的な要素がある
精神疾患がある
たとえば、追突事故自体は軽微なものだったため、被害者はすぐには病院に行かなかったが、数日後に具合が悪くなったと受診。
むち打ち症と診断され、その後、入退院は5年以上も続いたが、MRIなどの画像診断では異常がなく、医学的に症状の説明はできず、加害者側の保険会社から素因減額を主張された…といったケースなどが該当します。
②身体的・体質的素因がある場合
身体的な既往症や持病がある
通常の体質とは異なる身体的特徴がある
たとえば、次のような実際の事例があります。
・交通事故で被った脊髄損傷のため下半身に後遺症が残ったが、被害者の方には以前から腰椎脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニア、骨粗しょう症などの症状があった
・事故前から無症状の後縦靱帯骨化症という体質的な特徴があった
・脳を損傷したことで後遺症が残ったが、数年前から認知症の症状があった
【判例情報】
「最高裁昭和63年4月21日判決」(裁判所ホームページ)
これらは被害者の方の過失ではありません。
しかし、心因的素因や身体的素因に過失相殺の規定が適用(類推適用)されて減額されてしまうケースがあるのです。
(2)身体的・心因的素因とされる程度の基準とは…
被害者の方としては、どの程度であれば心因的・身体的素因とされてしまうのか…その基準が気になるところでしょう。
最高裁判決の内容を見てみます。
「交通事故により傷害を被った被害者に首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるという身体的特徴があり、これが、交通事故と競合して被害者の頸椎捻挫等の傷害を発生させ、又は損害の拡大に寄与したとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たりしんしゃくすることはできない。」(最高裁平成8年10月29日判決)
身体的素因が存在する場合の素因減額の基準は、それが「疾患」なのか、それとも「身体的特徴」に過ぎないのか、という部分がポイントになります。
視点を変えれば、疾患であるとするためには、その症状が医学上客観的に証明される異常な機能的変化や器質的変化(組織や細胞が破壊され、もとに戻らなくなるような変化)だといえなければならない、ということになります。
平均より首が長く、細いから、むち打ち症になりやすかったということにはならない、ということです。
なお、素因減額の適用には、事故前の被害者の方の自覚症状は問われません。
素因減額について判断する際は、交通事故の状況や車両の損傷具合なども考慮されます。
大きな事故の場合は、素因減額の影響は小さく、交通事故自体の影響が大きいと判断される傾向があります。
傷害(ケガ)の治療期間も考慮されます。
ケガの内容・状況と比較して、平均的な治療(入通院)期間が長い場合は、素因減額の影響が大きいと判断される傾向があります。
(3)素因減額の立証は誰が行なうべきなのか…
では、素因減額の立証責任は誰にあるのかというと…それは加害者側にあります。
素因減額の結果、利益を得るのは加害者側だからです。
ですから、被害者の方としては、加害者が任意保険に加入していれば、まず素因減額の根拠をその保険会社に求め、その主張に対して証拠をもとに反論していくことが大切になってきます。
(4)素因減額と過失相殺の関係・順番は…
前述したように、被害者の方が受け取るべき損害賠償金が減額されるケースとしては過失相殺があります。
では、素因減額と過失相殺の関係・順番はどうなっているのかというと…通常、基本的には素因減額がなされた後に過失相殺がなされるという順番になります。
(5)素因減額と過失相殺を計算してみると…
とてもシンプルに計算してみると…たとえば、慰謝料や逸失利益などを合計した損害賠償金が1000万円、被害者の方の素因減額が3割、過失割合が2割の場合、
① 1000万円 × (1 - 0.3) = 700万円
② 700万円 × (1 - 0.2) = 560万円
となり、受け取る金額が4割以上も減額されてしまうことになるのです。
保険会社から素因減額を主張された場合の対処法は…
加害者側の保険会社から届く、示談金(損害賠償金とも保険金ともいいます)について記載された書類に「素因減額」と記載されていたら、その内容に従わなければいけないのでしょうか?
(1)保険会社の言うとおりにする必要はない
保険会社は営利法人ですから、その目的は…利益を上げることです。
被害者の方に支払う示談金は、保険会社の支出になります。
保険会社は、できるだけ支払額を抑えるために、あれこれと減額になる部分を主張してきます。
「脊柱管狭窄症があったから脊髄へのダメージが大きくなったのではないか」
「認知機能の低下は事故が原因ではなく、認知症を発症していたからではないか」
こんなことを主張してくることもあるでしょう。
そして、被害者の方の主張を簡単に認めることは、ほとんどありません。
だからといって、保険会社が言ってくることをそのまま受け入れる必要はありません。
(2)まず素因減額の根拠を明確にする
まずは、素因減額の根拠を保険会社に明確にしてもらいましょう。
・既往症の名称は?
・その既往症が後遺症に、どのように、どの程度、影響しているのか?
・なぜ、その減額割合なのか?
(3)医師に相談する
保険会社と交渉していくには、医師の正しい判断、後遺障害診断書が重要です。
ですから、保険会社から素因減額に関する書類が届いたら、主治医にも見てもらい、意見をもらうことも大切です。
裁判になった場合は、医学的な意見、証拠がとても重要になるからです。
(4)最終判断をするのは裁判所
被害者の方と保険会社の主張が相容れず、平行線のままでは示談交渉がいつまでたっても成立しません。
その場合は、泣き寝入りなどすることなく、提訴して裁判で解決するという手段も考えられます。
最終的に、素因減額があるかどうか、あるならその割合はどの程度が妥当なのかを決定するのは裁判所になります。
(5)交通事故の損害賠償に強い弁護士に相談・依頼する
既往症と素因減額の関係や割合を正しく導き出し、セカンドオピニオンなどで交通事故に詳しい医師に相談し、加害者側の保険会社と交渉をして、さらに交渉が決裂したなら提訴して、法廷の場で決着をつける…。
こうした一連の手続きを被害者の方が単独で行なっていくのは…現実的にはかなり難しいと言わざるを得ません。
そこで頼りになるのが、交通事故に強い弁護士という存在です。
弁護士に相談・依頼することで、被害者の方は、
正しい後遺障害等級の確認ができる
素因減額について正しい判断ができる
煩わしい保険会社とのやりとりから解放される
最終的には素因減額が軽減され、さらには慰謝料などの損害賠償金も増額する
といったことが可能になります。
裁判は避けたいと考える被害者の方も入らっしゃいますが、じつは裁判になると損害賠償金が増額しますし、弁護士が代理人として難しい法的な対応をしてくれるので安心です。
交通事故の素因減額や示談交渉でお困りの方は1人で悩まず、まずは1度、弁護士に相談することを検討してください。
みらい総合法律事務所では、随時、無料相談を行なっています。
あなたからのご連絡をお待ちしています。
代表社員 弁護士 谷原誠