運転代行業者による交通事故で、所有者に損害賠償請求できるか?
問題の所在
任意保険がある場合
交通事故の被害にあうと、損害が発生しますので、被害者は、加害者等と示談交渉を行います。
その場合、加害者側の任意保険会社と交渉することがほとんどです。
それは、加害者側(所有者等)が、自賠責保険の他に、任意保険にも加入していることが多いためです。
任意保険で、たとえば、対人賠償が無制限であれば、賠償額がいくらになっても、その全額を任意保険会社が支払ってくれます。
この場合には、任意保険会社の担当者と示談交渉をすることになります。
交通事故の示談交渉では、注意すべきポイントがあるので、損をしないように気をつけましょう。
【参考記事】
交通事故の示談交渉で被害者が避けておきたい7つのこと
任意保険未加入
任意保険がない場合には、加害者側が自賠責保険に加入しているかどうかを確認し、自賠責保険があれば、自賠責保険への請求を検討します。
自賠責保険は、加入が義務付けられ、未加入の場合には罰則規定もあるので、ほとんどの場合に自賠責保険に加入しています。
自賠責保険は、人身事故の場合に適用され、最低限の保障を定めたものですが、一定額は確保できるので、請求できる場合には、まずは自賠責保険への請求をして、損害を填補することが多いでしょう。
保険金の限度額は、傷害の場合には最高120万円、後遺障害の場合には、最高4000万円、死亡事故の場合には、最高3000万円とされています。
【参考記事】
【交通事故の保険金】自賠責保険への被害者請求の方法を解説
自賠法3条の運行供用者とは
では、自賠責保険では、損害額に不足するときは、どうしたらよいでしょうか。
この場合には、加害者等に請求していくことになります。
交通事故の被害を受けた場合に、加害車両の運転手に対して損害賠償請求をすることができるのは当然です。
加害車両の運転手には、民法上の不法行為責任と自動車損害賠償保障法3条の運行供用者責任が発生するからです。
では、運転代行業者に依頼して、加害車両に同乗している依頼者に対して、損害賠償請求ができるでしょうか。
運転代行の依頼者が、自動車損害賠償保障法3条の運行供用者と言えるかどうかが問題となります。
運行供用者に該当すると、
①自己及び運転者が自動車の運行について注意を怠らなかったこと
②被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があったこと
③自動車に構造上の欠陥または機能の障害がなかったこと(自動車損害賠償保障法3条ただし書)
をすべて証明できない限り、損害賠償責任が発生することになります。
運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」のことを言います。
これは、自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者のことを言います。
自賠責保険の請求手続や提出書類については、以下を参考にしてください。
【参考情報】自賠責保険ポータルサイト
https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/04relief/jibai/kind.html
運転代行の場合の依頼者の損害賠償責任
運転代行業者とは、飲酒などの理由で自動車の運転ができなくなった依頼者の自動車を、依頼者を同乗させ、目的地まで運転を代行するサービスを提供する事業者です。
もともとは自動車で飲酒に出かける地方で発生したサービスですが、現在では、都市部でも利用されています。
【参考記事】
「運転代行とは」公益社団法人全国運転代行協会
運転代行業者が運転中に交通事故を起こして他人に損害を与えた場合、代行業者が責任を負うのは当然ですが、自動車の所有者である依頼者が責任を負うかどうか、すなわち依頼者が自動車損害賠償保障法3条の運行供用者に当たるかどうかが問題となります。
運行供用者とは、自動車損害賠償保障法第3条に規定されている「自己のために自動車を運行の用に供する者」のことで、自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味します。
同条文で、運行供用者は、その運行によって他人の生命または身体を害したときは、それによって生じた損害を賠償する責任を負うとされています。
過去の裁判例では、依頼者の自動車での交通事故であり、通常は依頼者も同乗していることから、依頼者に自動車の使用についての支配権及び利益の帰属が認められるため、依頼者に運行供用者責任が発生する、としているものが一般的です。
背景には、運転代行業者には、当時タクシー会社のように法的規制がなく、そのためいい加減な運営をする業者も多く、アルバイトの者などが代行業務を行っていたりと代行業者の質に疑問があり、依頼者が責任を免れるほど信頼できるものではない、との考えがあったものと思われます。
しかし、道路交通法が平成14年に改正され、代行業者は、都道府県の公安委員会の認定を受けなければ営業することができなくなり、さらに、保険の加入や第二種運転免許の取得を義務付けられるなど、現在は法的規制が進んできています。
ですので、今後は、タクシー乗車中にタクシー運転手の起こした事故で乗客が責任を負わないのと同じように、運転代行業者の起こした交通事故についても、依頼者には責任は発生しないという判断がされるようになる可能性もあると思います。
依頼者が怪我をした場合
では、運転代行を依頼した顧客が怪我をした場合に、運転代行業者に損害賠償請求をすることができるでしょうか。
どこが問題なのかというと、自賠法3条は、他人に対する損害賠償請求を認める規定です。
依頼者が、運行供用者であるならば、事故が起きたとしても、依頼者は他人ではないのではないかという点です。
この点について、最高裁平成9年10月30日判決は、運転代行を依頼した依頼者は他人であるとして損害賠償請求を認めました。
最高裁は、自動車の所有者は、第三者に自動車の運転をゆだねて同乗している場合であっても、特段の事情のない限り、第三者に対する関係において、自賠法3条の他人には当たらないと判断しました。
しかし、運転代行を依頼したものが、飲酒により安全に自動車を運転する能力、適性を欠くに至ったことから、自分で自動車を運転することによる交通事故発生の危険を回避するために運転代行業者に依頼していること、代行業者は、依頼者に対して自動車を安全に運行して目的地まで運送する義務を負っていること、などを認定しています。
その上で、両者の関係から、自動車の運行による事故の発生を防止する中心的な責任は運転代行業者が多い、依頼者の運行支配は代行業者の運行試合に比べて間接的、補助的なものにとどまっていることなどを理由としています。
代表社員 弁護士 谷原誠