認知症の家族が交通事故を起こした場合の損害賠償責任
本記事では、認知症の人が交通事故を起こした場合の損害賠償責任について解説します。
- 交通事故で他人を死傷させた場合、また他人の物を損壊させた場合、責任を負う能力のない者(責任無能力者)と判断された場合は、損害賠償責任を負わないこととなります。
- その場合に責任を負うのは、法に定められた「監督義務者」となりますが、認知症患者と同居する家族(親族)というだけでは、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にはあたらない、という最高裁判決が出ています。
- そこで、「法定の監督義務者に準ずべき者としての責任」と、その判断基準が示されており、これが認められれば家族が責任を負うことになります。
- また、民法では責任を問われなくても、自賠法の「運行供用者責任」で、自動車の所有者等が損賠賠償責任を負う可能性があります。
- 安全不確認(34.7%)
- 交差点安全進行(18.0%)
- 前方不注意(11.6%)
- ハンドル・ブレーキ操作不適(7.6%)
- 動静不注視(5.9%)
- 発見の遅れ(80.6%)
- 判断の誤り等(10.0%)
- 操作上の誤り(9.1%)
- 視力の低下により距離感を把握しにくくなる
- 体力・筋力の低下により集中力の持続が困難になる
- 認知機能や反射神経の低下により瞬間的な動作が難しくなる
- 思い込み・過信などにより、本人が危険な運転をしていることに気づいていない
- 精神障害者自身の生活状況や心身の状況
- 精神障害者との親族関係の有無・濃淡
- 同居の有無、その他の日常的な接触の程度
- 精神障害者の財産管理への関与の状況など関わりの実情
- 精神障害者の心身の状況や日常生活における問題行動の有無・内容
- これらに対応して行われている監護や介護の実態
- 70歳~74歳の人が自動車免許を更新するときは、免許更新の手続き前に指定の自動車教習所などで約2時間の高齢者講習を受講する必要があります。
- 75歳以上の人が自動車免許を更新するときは、免許更新の手続き前に認知機能検査と高齢者講習の受講が義務付けられています。
目次
高齢者による交通事故が増加している問題
高齢者とは?
現在、急速に高齢化が進んでいる日本の現状は、みなさんがご存じの通りです。
国は、65歳以上を高齢者としており、65~74歳を前期高齢者、75歳以上を後期高齢者と定義しています。
高齢化に伴い、高齢運転者(高齢ドライバー)も増加しています。
自動車の運転について、年齢の上限が法的に定められているわけではありませんが、警視庁や警察庁などが公表する統計データでは、65歳以上を高齢ドライバーとしており、70歳以上のドライバーには運転免許の更新時に高齢者講習の受講が義務付けられています。
ちなみに、警察庁が公表している統計データでは、2021(令和3)年の時点で65歳以上の運転免許保有者は全体の23.5%(75歳以上の割合は7.4%)となっています。
およそ4人に1人が高齢ドライバーで、今後さらに増加していくと想定されています。
高齢者と交通事故の関係
そこで近年、問題になっているのが高齢者の運転による交通事故です。
警視庁が公表している統計データによると、2022(令和4)年の交通事故発生件数は30,170件で、そのうち高齢運転者(第1当事者)による交通事故件数は4,579件で全体に占める割合は15.2%になっています。
単純に考えると、交通事故20件のうち3件が高齢運転者によるものということになります。
違反別の交通事故発生状況を見ると、次のような原因が浮かび上がってきます。
違反別の交通事故発生状況
原因となる違反については以下の順になっています。
人的要因別の交通事故発生状況
高齢運転者の人的要因については、
の順になっています。
自動車やバイク、自転車などを運転するには、脳の認知機能や身体機能が重要となります。
しかし高齢者になると、どうしてもそういった機能が低下してしまい、運転に支障をきたしてしまうことが増えてきます。
本人は今まで通り、普通に運転していると思っていても、脳の認知機能や身体機能が低下したことにより、交通事故を起こしてしまうリスクが高齢者の場合は増えてしまうのです。
高齢運転者が抱える主な問題点
交通事故と認知症の現状
高齢化にともない、認知症の方が年々増加している現状を、みなさんもご存知だと思います。
内閣府が公表している推計データによれば、高齢者(65歳以上)の認知症患者数は2025年には約675万人(各年齢の認知症有病率が一定の場合)となり、約5人に1人が認知症になってしまうリスクが指摘されています。
そして、認知症の患者数は今後さらに増え続けると予想されているのです。
認知症では自動車等の運転で必要な認知機能が低下してしまうため、必然的に交通事故の発生リスクが高くなります。
高齢者の方が被害者になるだけでなく、加害者になってしまう可能性も高くなってしまうのです。
<動画での解説もご覧ください>
【交通事故】高齢者の示談交渉のポイント。弁護士解説。
交通事故の加害者が負うべき義務と責任
交通事故の加害者には、次のような義務と責任があります。
加害者が行なうべき3つの義務
交通事故を起こしてしまった場合、道路交通法第72条により、加害者には次の3つの義務が課されています。
①救護義務
負傷した人がいる場合、加害者は救護する義務があります。
救護義務を怠ると「ひき逃げ」となり、加害車両の運転者は、10年以下の懲役または100万円以下の罰金に処されます。
また、行政上の処分としては違反点数が35点で免許取消処分となり、3年間は運転免許を取得することができなくなります。
②危険防止義務
加害者には、二次災害を防ぐために危険防止義務が課されています。
発煙筒や停止表示機材等を使用し、後続車などに車が停止していることを知らせなければなりません。
危険防止義務違反の場合も10年以下の懲役または100万円以下の罰金に処されます。
行政上の処分も救護義務違反の場合と同様です。
③事故報告義務違反
交通事故の発生を警察に報告する義務です。
これを怠った場合は、3か月以下の懲役または5万円以下の罰金に処されます。
加害者に発生する3つの責任
また、交通事故の加害者には次の3つの責任が発生します。
①刑事上の責任
加害者が法令上、定められた犯罪行為を行なったとして刑事罰(懲役・罰金・禁錮など)を受ける責任。
②民事上の責任
被害者が被った損害を賠償しなければならない責任。
被害者側と加害者側の示談交渉などは、ここに関わってきます。
③行政上の責任
免許の停止や取消しの処分を受ける責任。
認知症の人が起こした交通事故の損害賠償責任
では、認知症の人が交通事故を起した場合、その責任は誰が負うのでしょうか?
ここでは、民事上の損害賠償責任について考えていきます。
損害賠償責任とは?
交通事故で他人を死傷させた場合、また他人の物を損壊させた場合、加害者は損害賠償責任を負うことになります。
第709条(不法行為による損害賠償)
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
ここで問題になるのは、加害者本人の責任能力です。
第713条(責任能力)
精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない。ただし、故意又は過失によって一時的にその状態を招いたときは、この限りでない。
責任能力とは、自己の行為の責任を弁識する能力のことで、この条文は不法行為責任が発生しない場合の一例について規定しています。
したがって、事故を起こした加害者が認知症の場合で、民法上、責任を負う能力のない者(責任無能力者)と判断された場合は、損害賠償責任を問われないということになります。
加害者本人に責任能力がない場合の損害賠償責任
では、交通事故の加害者が認知症で責任を負う能力のない者と判断された場合は誰が損害賠償責任を負うのかというと、法に定められた「監督義務者」となります。
第714条(責任無能力者の監督義務者等の責任)
1. 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2. 監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者も、前項の責任を負う。
誰が監督義務者になるのか?
ここで問題になるのは、認知症患者に対して、法に定められた「監督義務者」とは誰なのかということです。
2013(平成25)年の精神保健福祉法改正で保護者制度が廃止され、家族等同意に変わったことなどから現在では家族や後見人であることだけでは、ただちに法定の監督義務者とはされません。
そのため、認知症患者と同居する家族(親族)というだけでは、「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」にあたるとすることはできない」とされています。
(最高裁平成28年3月1日判決)
そして、この最高裁判決では「法定の監督義務者に準ずべき者としての責任」が提示されています。
法定の監督義務者に準ずべき者とは?
最高裁平成28年3月1日判決では、法定の監督義務者に準ずべき者としての責任と判断基準について、次のように提示しています。
・法定監督義務者に該当しない者であっても、その監督義務を引き受けたとみるべき特段の事情が認められる場合には、民法第714条に基づく損害賠償責任を問うことができるとするのが相当であり、このような者については法定の監督義務者に準ずべき者として、民法第714条第1項が類推適用されると解すべき。
・法定の監督義務者に準ずべき者に当たるか否かは、次の事情などを総合的に考慮して判断するべき。
これらの基準に照らし合わせて、加害者である認知症患者の「法定の監督義務者に準ずべき者」と判断されれば、家族はその責任を負うことになります。
家族が「監督義務」を果たしていれば責任を負わない
しかし、認知症患者の家族としては、四六時中監視・監督しているわけにもいかないという現実問題があります。
そこで、実際の裁判例では、①監督義務者がその義務を怠らなかったとき、②その義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、責任を負わない(民法第714条1項)、とするべきという判断もあります。
つまり、家族が監督義務を果たしていたと判断されれば、責任は問われないことになるのですが、当然ながら加害者が認知症であるにもかかわらず運転することを放置するなどしていれば、その家族が損害賠償責任を負うことになるわけです。
自賠法では加害者本人と家族の責任が問われる可能性がある
しかし、監督義務者としての責任以外にも、認知症の加害者本人やその家族が交通事故の責任を問われる場合があります。
認知症の加害者本人の責任
民法第713条により、認知症の加害者本人が責任無能力者と判断されても、自動車損害賠償保障法(自賠法)で「運行供用者責任」が問われる可能性があります。
第3条(自動車損害賠償責任)
自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときは、これによって生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことを証明したときは、この限りでない。
つまり、自分のために自動車を運転した者が、それによって他人の生命を奪ったり、身体を傷つけた場合は、その損害賠償責任を負うことになるわけです。
民法上の責任無能力者の免責を認める民法713条は、自賠法3条の運行供用者責任には適用されないとした裁判例があります(東京地裁平成25年3月7日判決)。
家族の責任
認知症の加害者の家族は、次の責任が問題になる可能性があります。
①家族自身の不法行為責任
認知症の加害者本人に責任能力が認められる場合であっても、本人が起こした交通事故について、家族自身に事故発生に対する「過失」 = 「注意義務違反」が認められる場合は、家族も不法行為責任を負います。
②家族自身の運行供用者責任
事故を起こした自動車の運行について、家族が支配と利益を有すると判断されれば、運行供用者責任を負うことになります。
逆に言えば、被害者やそのご家族は、加害者側の監督者義務責任が否定されても、自賠法の運行供用者責任に基づいて損害賠償請求することもできるわけです。
認知症患者と家族が注意するべきこと
高齢運転者は高齢者講習を受けなければいけない
70歳以上のドライバーには運転免許の更新時に高齢者講習の受講が義務付けられています。
参考情報:「高齢者講習(70歳から74歳までの方の免許更新)」(警視庁)
参考情報:「認知機能検査と高齢者講習(75歳以上の方の免許更新)」(警視庁)
自動車免許の自主返納も検討する
自動車等の運転に不安を感じている高齢ドライバーは、自動車免許の自主返納を検討するべきです。
自動車免許の自主返納は、警察署や各運転免許センターで申請手続きを行ないます。
運転免許を自主返納した後に申請をすれば、「運転経歴証明書」の交付を受けることができます。
運転経歴証明書は公的な本人確認書類になりますし、運転経歴証明書を提示すればバスや電車などの公共交通機関の割引を受けることができ、各自治体によってショッピングセンター、百貨店、ホテル、飲食店などで特典を受けられるというメリットもあります。
詳しいことは、各自治体に確認してみるといいでしょう。
認知症患者が加害者の交通事故では、被害者とそのご家族が大きな損害を被る可能性があります。
同居する家族などは、アドバイスをするなどしながら、日常から注意深く見守る必要があります。
交通事故でお困りの場合は、まずは一度、みらい総合法律事務所の無料相談をご利用ください。
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