交通事故の治療関係費の範囲と計算
被害者が知っておくべき交通事故の損害項目は?
前述したように、被害者の方が請求できる損害項目はたくさんあるのですが、その中でもよく用いられる損害項目には次のものなどがあります。
・治療費
・入院雑費
・通院交通費
・休業損害
・傷害慰謝料
・文書費(損害賠償請求関係費用の一部)
・後遺症慰謝料
・逸失利益
じつは、損害賠償の世界では、これらの項目は「積極損害」と「消極損害」に分けられます。
ここではまず、積極損害について詳しく説明していきます。
なお、金額については、裁判を行なった場合に最終的に提示されることになる裁判基準(つまり、適正な金額のことです)で計算した金額を例としてあげていきます。
ただし、交通事故といっても、すべてが同じ事故ではないのは当然です。
事案によって、一つひとつが異なり、それぞれ個別に判断されるので、あくまでも一応の目安と考えてください。
裁判基準を知っているかどうかで保険会社との示談交渉の行方が大きく違ってくるので注意が必要です。
それでは、ここから、損害賠償金の中の「治療費」について解説していきます。
治療関係費
治療費
【認められる金額】
必要かつ相当な実費全額が認められます。
治療費は実費ですから、当然、全額が損害として認められます。
ただし、あくまで交通事故で負ったケガに対する治療費ですから、もともとあった持病の治療費などは除かれます。
過剰診療や高額診療は治療費として認められる?
治療といっても、交通事故で負ったケガの状況からみて、医学的に必要ではない不相当な治療を行なった時は、過剰診療または高額診療として賠償金に組み入れられるのを否定されることがあるので注意が必要です。
過剰診療は、診療行為の医学的必要性または合理性が否定されるものをいうので、不要な治療を行なっている時には過剰診療として賠償金の請求ができなくなります。
高額診療とは、診療行為に対する報酬額が、特別な理由もないのに一般の診療費水準に比べて著しく高額な場合をいいます。
なお、交通事故の場合に、病院から「健康保険は使えない」と言われることがありますが、健康保険制度は使うことができます。
しかし、自賠責の定型用紙による診断書、診療報酬明細書、自賠責後遺障害診断書を書いてくれない場合があるので、あらかじめ確認しておく必要がある場合があります。
相当因果関係が争われる場合がある
当初予定の治療期間が長引いた場合に、加害者側から、交通事故と治療費との相当因果関係を争われる場合があります。
過去の裁判例をご紹介します。
加害者側が相当因果関係を争ったところ、裁判所は、MRSAの感染源が創部であること、MRSAは常在菌で感染の危険性が十分あること、被害者の全身状態に問題はなく、医療機関の重過失も窺われないこと、から、MRSAによる治療の長期化は相当因果関係の範囲内にあるとして、治療費を認めました(京都地裁平成23年1月21日判決、交民44巻1号64頁)。
鍼灸やマッサージ費用は治療費か?
ケガの状況や程度によっては、柔道整復、鍼灸やマッサージなどが必要となる場合があると思いますが、これらは治療費として請求できるのでしょうか?
じつは、交通事故の損害賠償は、原則として西洋医学によって必要性が判断される傾向にあります。
したがって、鍼灸やマッサージ費用を治療費として賠償金に組み込むためには、これらの治療が必要である旨を西洋医学の医師から証明してもらい、指示書や診断書をもらっておいたほうがいいでしょう。
過去の裁判例で、接骨院での治療費を認めたものをご紹介します。
裁判所は、被害者が運動療法及び電気治療などを受け、施術を受けたときには症状が軽減したこと、病院ではリハビリテーションを受けていなかったこと等から、接骨院での治療費全額163万円を認めました(神戸地裁平成18年12月22日判決、交民39巻6号1775頁)。
温泉治療費
温泉治療費は、医師の指示があるなど、治療上有効かつ必要がある場合に限って認められます。しかし、全額は認められない傾向にあります。
過去の裁判例では、医師の勧めがあった温泉治療費20万円のうち、その60%を認めたものがあります(東京地裁昭和53年3月16日判決、判例時報900号79頁)。
入院中の特別室使用料
入院中に特別室を利用する場合がありますが、必要性について争われることが多いです。
この場合、医師の指示ないし特別の事情(空室がないなど)があれば認められます。
過去の裁判例をご紹介します。
この事案で、裁判所は、入院時に主治医から病床への適応困難と判断されて個室に収容され、高次脳機能障害を原因とする脱抑制症状があり、退院直前まで対人トラブルが発生していたことから、個室使用料を認めました(京都地裁平成27年10月26日判決、交民48巻5号1294頁)。
症状固定後の治療費はどうなる?
担当医師から、「これ以上の治療をしてもケガの回復は見込めません」と言われることを「症状固定」といい、後遺症が残ってしまうことになります。
治療を終了し、症状固定した場合、その後に治療をしても原則として治療費は請求できません。
なぜなら、これ以上は治療効果が上がらない状態が症状固定なので、その後の治療費は損害と認められないからです。
ただし、治療が必要かつ高度の蓋然性が認められる場合、たとえば、それが症状の悪化を防ぐなどの治療である場合には、例外的に請求が認められることがあります。
過去の裁判例をご紹介します。
この事案において、裁判所は、治療がずれこんだ理由は、もっぱら医学的知見が追いつかなかったという理由によるものであるとして、治療費、入院雑費、通院交通費を認めました(大阪地裁平成25年3月26日判決、自保ジャーナル1905号46頁)。
将来の手術費
将来の手術費については、交通事故との因果関係が認められるかどうかが問題となります。
原則として、症状固定とされると、それ以上治療をしても改善しない、ということなので、将来の手術費は否定されます。
しかし、特別の事情がある場合には、認められる場合があります。
過去の裁判例をご紹介します。
裁判所は、血栓による閉塞予防のため、低分子ペパリンの体内注入を生涯にわたって毎日継続する必要があるとして、注射器と薬剤の購入費用を固定時から平均余命まで認めました8神戸地裁平成21年2月23日判決、交民42巻1号196頁)。
付添費
【認められる金額】
入院付添費については次のとおりです。
・職業付添人の場合は実費全額
・近親者付添人の場合は1日に6500円(目安)
・通院付添費は1日に3300円(目安)
【認められる条件】
入院付添費は、医師の指示、受傷の程度、被害者の年齢などを考慮して必要があれば認められる。
通院付添費は、症状によって、または幼児などで必要な場合に認められる。
入院付添費が損害と認められるのは、医師の指示、または受傷の程度、被害者の方の年齢などによって必要があると認められる場合です。
たとえば、看護体制が不十分であったり、被害者の方の年齢や重症度などによっては、医師の指示が必要となります。
なお、症状の程度や被害者が幼児や児童の場合は、1~3割の範囲で増額されることがあります。
通院付添費が損害と認められるのは、症状の程度または幼児などで付添が必要と認められる場合です。
そのため、通院付添の必要があったことを立証できるように、通院当時の状況を説明できる資料を前もって収集しておいたほうがいいといえます。
将来介護費
【認められる金額】
将来介護費は、次の計算式により算出する。
(年間の基準額)×(生存可能期間に対するライプニッツ係数)
【認められる条件】
医師の指示、または症状の程度により介護の必要があること。
重い後遺障害を負ってしまったケースでは、一生涯にわたって介護が必要となる場合がほとんどです。
こうした場合、介護費自体が損害となり、将来介護費として賠償額に組み入れられます。
ただし、将来介護費は、一生涯にわたる介護費を現時点で一時金として受け取ることになるので、将来にわたる利息分を現在に引き直して計算されます。
その際に使われるのが上記の計算式です。
将来介護費は、原則として後遺障害等級が最も重い1級1号と2級1号の場合に認められます。
たとえば、高次脳機能障害や脊髄損傷、遷延性意識障害(植物状態)などによる後遺障害があげられます。
ただし、症状によっては3級以下の後遺障害等級の場合でも認められることもあります。
「基準額」
職業付添人は実費全額、近親者付添人は1日に8000円が目安とされています。
ただし、具体的な看護の現場では、状況次第で複数の介護者を必要としたケースや、より高額な金額を想定した判例もあります。
そのため、介護の実態を詳細に立証するための資料収集が大切になります。
「生存可能期間」
平均余命年数とライプニッツ係数というものから上記の計算式で算出します。
ライプニッツ係数とは、現時点のお金の価値と将来のお金の価値は違うことから、その差を調整するための数値です。
一般的に、植物状態などの重い後遺障害を負った被害者は感染症にかかりやすいなどの理由から、通常よりも生存可能期間が短いとされるため、平均余命年数未満の生存可能期間を用いた判例もありますが、平均余命までの生存期間を用いることのほうが実務では多数です。
ですから、加害者側の任意保険会社が短い期間を主張してきた場合は、平均余命いっぱいの生存可能期間をしっかりと主張するべきです。
ただし、これらは専門家でなければ難しい部分なので、弁護士に相談することをお勧めします。
入院雑費
【認められる金額】
1日につき1500円
【認められる条件】
入院の必要があり、かつ入院していたこと。
入院中は、洗面用具や寝具、軽食、新聞・雑誌代、電話代など入院に伴うさまざまなものが必要となりますが、これらにかかるお金を入院雑費といいます。
入院雑費については、被害者に領収書などを提示させ立証を要求することは煩雑であることから、特に領収書が存在しなくても、1日1500円という定額の雑費が認められています。
しかし、保険会社は1日1100円という自賠責保険の入院雑費を提示してくるのが一般的であることに注意が必要です。
将来雑費
【認められる金額】
将来介護費は、次の計算式により算出します。
(年額)×(生存可能期間に対するライプニッツ係数)
【認められる条件】
将来介護について雑費が発生すること。
将来雑費は、原則として後遺障害等級が最も重い1級1号と2級1号の要介護の場合に認められます。
将来介護が必要となった場合、紙おむつやタオル、手袋などの費用である将来雑費が必要となります。
これらの費用も損害に入る可能性があるので、請求することを忘れないでください。
こうした費用は、状況によって金額が異なるので、必要となる雑費についてはわかりやすく表にしたり、領収証はしっかり保存しておくことをお勧めします。
【動画解説】 治療費はどこまで請求できるか?