交通事故の慰謝料や逸失利益が減額される後遺障害
交通事故で後遺障害を負ってしまった場合、被害者の方は損害賠償について加害者側の保険会社と示談交渉をすることになります。
損害賠償請求できるものには、さまざまな項目があるのですが、その中で大切なもののひとつに「逸失利益」があります。
逸失利益というのは、死亡や後遺障害によって事故前のように働けなくなることにより、将来得ることができなくなる(失ってしまう)収入(利益)のことです。
・逸失利益の計算方法とは?
・逸失利益で損をしないためにはどうすればいい?
・交通事故の慰謝料や逸失利益を弁護士に相談するメリットとは?
これらの疑問や不安がある被害者の方は、ぜひこのまま読み進めてください。
今回は、逸失利益が思ったように認められずに慰謝料などの損害賠償金額が低く提示された場合にどうすればいいのかを中心に解説をしていきます。
後遺障害を負ったのに逸失利益が認められない!?
交通事故の被害者の方は、後遺障害を負ったことにより事故前と同じように仕事ができなくなってしまう場合があります。
たとえば、1億円を得る予定だった人が働けなくなったことで、収入がなくなったにもかかわらず、加害者側が「被害者の人が失った利益は2000万円と考えられるので、その金額だけを支払います」と言ってきたなら、被害者の方は8000万円も損をしてしまうことになります。
つまり、逸失利益を低く見積もられるということは、被害者の方にとっては、得られる利益も少なくなってしまうことになるわけです。
交通事故の被害者の方は健康な身体も、これまでの日常生活も失ってしまったうえに、さらに収入まで失い、それを補償もされないなどということは、あってはならないことだと思います。
しかし中には、「労働能力を喪失していないのではないか」と判断されて、逸失利益が認められなかったり、不当に低く見積もられてしまうケースがあります。
実際、交通事故の損害賠償における裁判でも争点になることが多いのが逸失利益です。
後遺障害の逸失利益にについて、もっと詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
【参考記事】
【後遺障害の逸失利益】職業別の計算と早見表
注意が必要な後遺障害について
実際、逸失利益を低く判断されてしまう後遺障害があるので詳しく見ていきましょう。
「外貌醜状・歯牙障害」
外貌醜状や歯牙障害は、それ自体は肉体的な労働能力には影響を与えません。
しかし、就職や対人折衝などにおいて被害者の方に不利益が生じることは容易に推測できるため、労働能力をまったく喪失していないと考えることはできません。
そのため、判例でも逸失利益を認めるものと認めないものの両方があります。
ただし、後遺障害の部位や程度、職種や年齢などは被害者それぞれで異なるため、労働能力が喪失したかどうかは、個別の事情に沿って判断していくべきものです。
仮に、女優を生業にしている人が交通事故による外貌醜状で労働能力を喪失してしまったというのであれば、それほど異論がでないでしょう。
ところが、もし背中などの日常では露出しない部位に醜状痕が残ったのであれば、労働能力は喪失していない、と判断される可能性があります。
「外貌醜状・歯牙障害で逸失利益が認められた判例」
18歳の客室乗務員専門学校生の顔面醜状(後遺障害等級7級)について、18歳から67歳までの48年間で20%の労働能力喪失を認めた。(広島高裁岡山支部 平成10・3・26)
顔面醜状(後遺障害等級12級)と歯牙障害(12級)で併合11級の男児について、18歳から67歳までの48年間で10%の労働能力喪失を認めた。(大阪地裁 平成6・4・25)
女児(6歳)の顔面醜状(後遺障害等級7級)について、18歳から67歳までの48年間で40%の労働能力喪失を認めた。(浦和地裁 昭和57・9・27)
ところで、交通事故の被害者の方が、加害者側の保険会社の担当者から、「顔面醜状では逸失利益はでませんよ」と言われることがあります。
そうした場合、すぐに引き下がってしまってはいけません。
なぜなら、「労働能力が喪失していない」とされても、後遺傷害慰謝料を増額する判決が少なくないからです。
「外貌醜状・歯牙障害で逸失利益が認められず、慰謝料が増額された判例」
スナック経営者の女性(46歳)の顔面醜状(後遺障害等級7級)について、逸失利益が認められなかったことなどを考慮して、2500万円の慰謝料(入通院慰謝料を含む)を認めた事例(広島高裁福山支部 昭和61・1・24)
主婦の女性(30歳)の顔面醜状(後遺障害等級7級)につき、逸失利益は否定されたが、1200万円の慰謝料が認められた事例(仙台地裁 平成 7・ 2・6)
※後遺障害等級7級の後遺傷害慰謝料の裁判基準は1000万円
次に、顔面醜状について後遺傷害慰謝料の増額を行なった判例と、みらい総合法律事務所で実際に増額解決した事例を紹介します。
「みらい総合法律事務所の増額解決事例①」
8歳の男の子が、横断歩道を横断中に直進してきた自動車と衝突した交通事故で、頭部裂傷、右上腕骨骨幹部骨折などのケガを負いました。
そのため、外貌醜状の後遺障害を残して症状固定し、後遺障害等級は12級14号が認定されました。
加害者側の保険会社は、308万1441円の示談金を提示。
これが妥当な金額なのか確認するため、被害者男児のご両親が当法律事務所の無料相談に来られ、そのまま示談解決を依頼されました。
弁護士が交渉すると、保険会社は後遺障害が外貌醜状であることを理由に逸失利益を否定。
そこで提訴したところ、最終的に裁判では逸失利益も認められ、当初提示額の約3倍超となる950万円で解決した事例です。
外貌醜状について、もっと詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
「嗅覚・味覚障害」
どの障害の系列にも属さず、また神経障害ではなくても全体として神経障害に近い障害とみなされる場合には、後遺障害等級12級ないし14級が準用されることがあります。
こうしたものには、嗅覚障害と味覚障害があります。
嗅覚障害の後遺障害等級は、嗅覚の減退で14級相当、嗅覚の脱失で12級相当とされています。
味覚障害の後遺障害等級は、味覚の減退で14級相当、味覚の脱失で12級相当とされています。
12級の労働能力喪失率は14%となっています。
嗅覚や味覚は人間にとって非常に大切なものです。
なぜなら、これが減退、脱失してしまうと日常生活が味気ないものになってしまい、想像以上の苦痛を味わうことになってしまうからです。
しかし、嗅覚や味覚が減退、脱失したからといって、労働能力が喪失するかというと、個々の判断は難しい部分があります。
そのため、これらについても労働能力が喪失したとして逸失利益が認められるかどうかについては、判例上では肯定するものと否定するものの両方があります。
たとえば、調理師や寿司職人、主婦など嗅覚や味覚に関わる仕事に従事するような人については労働能力の喪失が認められる傾向が強くあります。
一方、職業上、嗅覚や味覚が特に重視されない職業の場合は、労働能力の喪失を否定される可能性が高いといえます。
「みらい総合法律事務所の増額解決事例②」
74歳の女性が交通事故で脳挫傷などを負い、高次脳機能障害と嗅覚脱失の後遺障害が残ってしまいました。
後遺障害等級は併合で6級、加害者側の保険会社が提示した示談金は1414万8495円でした。
被害者の方とご親族が当法律事務所に相談したところ、増額可能との判断のため、解決を依頼。
保険会社は被害者側の過失が大きいことを主張しましたが、最終的には過失割合を15%まで譲歩させることに成功し、労働能力喪失率は6級相当の67%まで認められ、示談金は3000万円が認められました。
当初の金額から約2.1倍に増額したことになります。
「脾臓摘出」
脾臓は医学上、未解明な部分があり謎の多い臓器です。
そのため、脾臓の喪失が労働能力を喪失するかどうかについて、判例上でもその判断は分かれています。
しかし、脾臓には血球を生産する機能や、細胞や異物の破壊処分、血球成分の貯留という役割が認められており、また脾臓の摘出によって感染防御能力が低下するという医学的な研究結果がある以上、まったく労働能力を喪失しない、とはいえないとも考えられます。
ですから、加害者側の保険会社との示談交渉で、たとえ逸失利益を否定されたとしても、すぐにあきらめてしまってはいけません。
なお、脾臓摘出の後遺障害等級は8級11号で、8級の労働能力喪失率は45%とされていますが、裁判で肯定された場合の労働能力喪失率には、15~45%と幅があることに注意が必要です。
「骨盤骨・鎖骨・脊柱変形」
骨盤骨の変形の中でも、腸骨からの採骨術が行なわれることで生じる変形の場合には、12級5号が認められます。
詳しい動画解説はこちら⇒ https://www.youtube.com/watch?v=YjstzxyRGoM
鎖骨変形の場合も12級5号が認められます。
12級の労働能力喪失率は14%とされています。
骨盤骨の変形や鎖骨変形について、裁判においては労働能力の喪失には直接結びつかないと判断されて、労働能力喪失が認められにくい傾向があります。
しかし、ここでもあきらめてはいけません。
可動域制限があるなどの具体的事情に照らして、労働能力が喪失したことを立証することができれば、神経症状に関する後遺症が残ったとして、14級9号の認定を受けることができる可能性があります。
後遺障害等級が認定されれば、これをもとに逸失利益を請求する方法があることは知っておいてください。
一方、脊柱変形については、労働能力の喪失を認めるケースが多いです。
それは、脊椎が骨折することで、脊椎の支持性と運動性の機能を減少させ、局所等に痛みを生じさせることがあるからです。
脊柱変形には、後遺障害等級6級5号の「脊柱に著しい奇形又は運動障害を残すもの」と、11級7号の「脊柱に変形を残すもの」があり、それぞれの労働能力喪失率は、67%と20%になっています。
なお、これらの労働能力喪失率がそのまま適用される場合もありますが、被害者の方の年齢や骨折の程度などの事情によっては、これ以下の労働能力喪失率が適用される場合もあるので注意が必要です。
「みらい総合法律事務所の増額解決事例③」
51歳の男性が交通事故で肩にケガを負い、鎖骨変形の後遺障害が残ってしまいました。
後遺障害等級は12級5号で、加害者側の保険会社は示談金として271万0410円を提示してきました。
被害者の方は、この金額に不満があったため、当法律事務所に解決を依頼。
弁護士が交渉した結果、保険会社は譲歩し、逸失利益を大幅に増額。
最終的には、当初の約 4倍の1110万4086円で解決しました。
【参考記事】
みらい総合法律事務所の解決実績はこちら
交通事故の素因減額
加害者側の保険会社との示談交渉で、「素因減額」が問題になることがあります。
素因減額とは、被害者自身に特異な性格があったり、過剰反応などの心因的な要素、または身体的な既往症があることなどが、損害の発生や拡大の原因に寄与している場合、その程度に応じて加害者が賠償する損害賠償額から減額するというものです。
被害者の方が、加害者側の保険会社に提出する「後遺障害診断書」に、「既往症あり」などと書かれると、保険会社はすぐにこの素因減額を主張して、損害賠償額を減額しようとしてきます。
判例上でも、一定の場合に素因減額を認めています。
その際には、過失相殺(民法722条2項)に準じるもの(類推適用)として取り扱われます。
被害者の方の過失ではないのですが、被害者の方の心因的素因や身体的素因には過失相殺の規定が類推適用され、一定の減額がされてしまうのです。
「心因的素因減額がなされた判例」
自動車に同乗中、軽度追突事故にあった主婦が、むち打ち症(外傷性頭頚部症候群)を負い、その後、外傷性神経症を発症し、10年以上も入退院を繰り返した事案です。
判例では、事故後3年間の損害について事故との相当因果関係を認めたうえで、被害者の特異な性格、自発的意欲の欠如などが症状の悪化と固定化を招いたとして、損害のうち40%の限度で加害者に賠償責任を負わせることが相当とされました。
これは、60%の減額がなされたことになります。
(最判昭和63・4・21)
「身体的素因減額がなされた判例」
高速道路上で停車中に追突されて頭部打撲傷を負い、その後、被害者が精神障害を発症させて事故から3年後に死亡したという事案です。
じつは、被害者は交通事故の1ヵ月前に一酸化炭素中毒で入院していたことがありました。
判例では、被害者が精神障害を呈して死亡するに至ったのは、事故による頭部打撲傷のほか、一酸化炭素中毒もその原因となっていたことは明らかであるとして、被害者に生じた損害の50%を減額するのが相当としました。
(最判平成4・6・25)
素因減額される場合の心因的・身体的素因の程度について
では、どの程度の心因的・身体的素因が存在すると素因減額されるのでしょうか?
ある最高裁判例から考えてみます。
被害者が平均的な体格ないし、通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患にあたらない場合には特段の事情が存在しない限り、損害賠償額を定めるにあたり考慮することはできないとして、通常人よりも首が長いという身体的特徴は素因減額の要素とはならない、としています。(最判平成8・10・29)
この判決から考えると、疾患にあたる、もしくは疾患と同一視できる程度の身体的・心因的素因がなければ素因減額はなされない、ということになります。
また、身体的素因が存在する時の素因減額の基準としては、その身体的素因が「疾患」といえるものか、あるいは「身体的特徴」に過ぎないのか、ということになります。
つまり、疾患といえるためには、その症状が医学上、客観的に証明される異常な機能的変化、あるいは器質的変化(組織や細胞が破壊され元に戻らなくなるような変化)といえなければならないでしょう。
通常、臨床医はこのような素因減額が損害賠償額に影響する程度までは考えずに後遺障害診断書を作成しています。
そのため、安易に「既往症」と記載される場合もあると考えられます。
そのような場合には、上記のような知識を頭に入れたうえで、臨床医に対してきちんと説明する必要があります。
素因減額が認められて、場合によっては数十%も減額されてしまえば被害者の方にとっては不利なことになってしまうのですから。
なお、素因減額がなされる場合の減額の程度についてですが、素因が損害の発生、拡大に寄与した程度を重視しつつ、素因の性質や事故の態様などの事情を総合的に考慮して、公平な観点から決められることになります。
そのため、素因減額がどの程度なされるのかを事前に予測することは難しいといえるでしょう。
このように、被害者の方の逸失利益が減額される可能性がある場合は注意が必要です。
代表社員 弁護士 谷原誠