頭部外傷での重度後遺障害・死亡事故の示談交渉のポイント
交通事故で頭部外傷を負った場合、被害者の方には高次脳機能障害や遷延性意識障害(植物状態)などの重度の後遺症が残ってしまうケースがあり、また亡くなってしまうこともあります。
そうした場合は、慰謝料や治療費、逸失利益、介護費用などを合算した損害賠償金(示談金)を受け取ることができ、通常の場合、加害者側の任意保険会社(加害者が任意保険に加入している場合)から金額の提示があります。
ここで問題になるのは、次の3点です。
- 保険会社が株式会社の場合、利益の追求のために損害賠償金(示談金)をかなり低く提示してくることが多い。
- 提示金額に不服な場合は示談交渉に入るが、被害者の方に重篤な後遺障害がある、あるいは亡くなっている場合はご家族が示談交渉を行なわなければならない場合がある。
- 被害者側が示談交渉で損害賠償金の増額を求めても、保険会社が応じることは少ない
示談交渉は、なかなか合意に至らず長引いてしまうということが多くあります。
3か月が過ぎても進展がなければ見切りをつけ、交通事故の損害賠償実務に精通した弁護士に相談・依頼することも検討してください。
頭部外傷による重度後遺障害
遷延性意識障害(植物状態)の損害賠償の中身
遷延性意識障害とは
遷延性意識障害は、一般に「植物状態」と呼ばれることもあります。
自力で生活することができませんので、一生涯、介護が必要となります。
遷延性意識障害(植物状態)が認められるには次のすべての要件を満たす必要があります。
①自力で移動できない
②自力で食事や飲物の摂取ができない
③糞尿が失禁状態である
④眼で物の動きを追っても、それが何であるか確認できない
⑤「手を握って」、「口を開けて」などの簡単な指示には応じることはあっても、それ以上の意思の疎通は不可能
⑥声を出すことはできても、意味のあることは言えない
⑦以上の状態が3ヵ月以上続いている
【参考情報】日本救急医学会「遷延性意識障害」
遷延性意識障害の損害項目
遷延性意識障害(植物状態)になってしまった被害者が保険会社に請求できる損害賠償の主な項目は次の通りです。
① 治療費
② 入院付添費用
③ 入院雑費
④ 損害賠償請求関係費用
⑤ 傷害慰謝料
⑥ 逸失利益
⑦ 後遺症慰謝料
⑧ 将来介護費
⑨ 休業損害
⑩ 将来雑費
⑪ 装具・器具等購入費
⑫ 家屋改造費
⑬ 弁護士費用
⑭ 文書費
遷延性意識障害では、示談金額が高額になる
後遺障害を負った場合や死亡事故の場合と比べると、項目数は多くなりますし、損害賠償金額も高額になります。
それは、事故直後の「治療費」「入院費」「慰謝料」「逸失利益」だけでなく、将来必要となる「介護費」や「雑費」が必要になるのが遷延性意識障害(植物状態)の被害者の特徴だからです。
遷延性意識障害の方の場合は自宅での介護になることもあります。
そのための介護費のほか、日々の紙オムツ代などの費用、さらには介護用のベッドや痰の吸入器などの費用も必要となってきます。
そうした事情もあって、遷延性意識障害の方の賠償請求は、他の案件よりも被害者側の請求金額と保険会社が提示する案との格差が大きくなるという傾向があります。
また、こうした傾向には遷延性意識障害の方の生存期間のほうが、一般の人よりも短いという説があることも一因です。
そのため保険会社は、これを理由に逸失利益や将来介護費の減額を提案してくるケースが多くあります。
実際、遷延性意識障害の方の生存期間が短いことを示す統計データや、保険会社の考えに沿った判例があることも事実です。
しかし現代では、医療の進歩などにより、遷延性意識障害の方の生存期間が短いと一概に断定することはできません。
被害者のご家族は、このような保険会社からの減額の提示に屈するべきではありません。
法的手段に訴えることを視野に入れてでも、この格差を埋めていくべきです。
そのためにも、弁護士が存在します。
交通事故問題に精通した弁護士は、必ずあなたの強い味方になってくれることでしょう。
高次脳機能障害の場合の注意点とは?
頭部外傷の交通事故の被害者の中には、高次脳機能障害になってしまう方も少なくないのが現実です。
高次脳機能障害とは、頭部に損傷を負うことで、記憶力や集中力が低下したり、まるで人が変わってしまったように人格そのものに大きな影響が出る障害です。
症状が重篤な方の場合では、食事や入浴などの活動が介護なしではできなくなります。
また、日常生活は問題なく行えたとしても、集中力が続かず、感情のコントロールができなくなってしまうため、コミュニケーション能力が低下してしまい、仕事に支障が出ることもあります。
結局は、退職を余儀なくされる方も多くいます。
交通事故の被害者が高次脳機能障害になった場合も、もちろん後遺障害等級が認められます。
高次脳機能障害で寝たきりになってしまった被害者が保険会社に請求できる損害賠償の主な項目は、植物状態の被害者とほぼ同じです。
被害者とご家族は、しっかり請求して、保険会社との示談交渉に挑まなければいけません。
本人が示談や訴訟ができない時はどうする?
交通事故で遷延性意識障害になってしまった被害者や、重篤な高次脳機能障害の被害者は、ご本人で示談交渉を行うことができません。
そのため、ご家族や周囲の方が被害者に代わって、またはサポートをして示談や訴訟を進めていかなければいけません。
そうした時に利用できるもののひとつに、「成年後見人制度」があります。
成年後見人制度とは、認知症や知的障害、精神障害などによって物事を判断することが十分にできない人の権利を法律的に守る援助者を選び、支援する制度です。
成年後見人制度には、本人の判断能力に応じて、「後見」、「保佐」、「補助」の3つの区分があり、それに応じて、権利の範囲が定められています。
この後見人になるためにかかる費用は、「補助・保佐・成年後見人開始の審判手続き費用」として損害賠償の項目として認められます。
ちなみに、被害者に代わる成年後見人は誰でもできるわけではありません。
家庭裁判所で「成年後見人」として選任された人に限定されるため、成年後見人に選任されるには、家庭裁判所の審判手続きを行う必要があります。
死亡事故で損をしないためにするべきこと
不幸にも、大切な家族が交通事故で亡くなってしまった場合、ご遺族は何をどのように対応すればいいのでしょうか?
交通死亡事故の場合、慰謝料はどうなるのか?
怪我をした時と同じように、被害者が亡くなった時も、ご遺族は自賠責保険会社と任意保険会社双方に対して、慰謝料などの損害賠償請求を行うことができます。
その際、2通りの方法があります。
①まず自賠責保険会社に請求してから、その後に任意保険会社に残りの金額を請求する
②任意保険会社に対して、自賠責分の金額も一括して請求する
それぞれのメリットとデメリットは怪我をした時と同様です。
特に経済面で苦しくなることが予想される場合は、①の方法を選択するのがいいでしょう。
ただし、忘れてはいけないのは、示談交渉が成立せずに裁判を起こし、最終的な判決までいくような場合には、損害賠償金の逸失には事故時から年5%の金利が付加されることです。
つまり、損害賠償金を先に手にしてしまうと、金利がその時点から付加されないのです。
その点もふまえて被害者請求をするべきかどうかを検討するべきでしょう。
なお、死亡事故の場合は、自賠責保険会社で支払う損害賠償金の上限は3000万円であることは覚えておいたほうがいいでしょう。
死亡事故の損害賠償の中身とは?
被害者が交通事故で亡くなった場合、損害賠償金の中身(内訳)は、怪我をした時とは違ってきます。
被害者のご遺族が保険会社に対して請求できる項目のうち、主なものは次の通りです。
① 葬儀関係費用
② 逸失利益
③ 慰謝料(被害者の慰謝料、近親者の慰謝料)
④ 弁護士費用
①葬儀関係費とは?
葬儀を行った時にかかる葬儀費用などを葬儀関係費用といいます。
大半の場合、自賠責保険では定額で60万円、任意保険会社は120万円以内となります。
ちなみに、弁護士に依頼して訴訟を提起した場合、認定される葬儀関係費は150万円以内が相場になります。
②死亡逸失利益とは?
死亡逸失利益とは、生きていれば被害者が得られたはずの利益(お金)のことです。
事故前年の生存時の基礎収入にライプニッツ係数をかけて算出するのは後遺障害を負った時と同じです。
ただし、違いもあるので注意が必要です。
後遺障害が残ってしまった被害者の場合と異なるのは、逸失利益が支払われる際、「生活費控除率」が差し引かれることです。
生活費控除率とは、簡単に言えば被害者が生存していればかかったはずの生活費のことです。
被害者が亡なった場合、生活費がかからないため、生活費控除率を差し引いて調整する必要が出てきます。
逸失利益は、次の計算式から算出されます。
基礎収入 × 就労可能年数に対するライプニッツ係数 ×(1−生活費控除率)
=逸失利益
さらに、後遺障害が残ってしまった方と亡くなった方では、もうひとつ異なる点があります。
後遺障害が残った場合は、治療後に逸失利益が確定します。
しかし、交通事故で即死された場合は後遺障害の認定がないため、亡くなった時点で損害額が確定するので、示談交渉はこの金額に基づいて行われていくのです。
だからといって、死亡事故の示談が迅速に行われて、ご遺族が交渉から早く解放されるわけではありません。
示談が成立してしまうと被害弁償が終わったと見なされてしまうため、逮捕された加害者の刑事裁判での量刑が軽くなってしまう可能性があるからです。
そのため、死亡事故の場合は、刑事裁判の進展状況に合わせて示談交渉を進めることが多くなります。
死亡逸失利益について、もっと詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
【参考記事】
【死亡事故の逸失利益】職業別の計算と早見表
③死亡慰謝料
交通死亡事故の場合の慰謝料の基準は、おおよそ以下の通りです。
・一家の支柱:2800万円
・母親、配偶者:2500万円
・その他:2000万円〜2500万円
④弁護士費用(裁判をした場合)
死亡事故の場合に限らず、弁護士が必要と認められる訴訟では、判決認容額の10%ほどが損害賠償額に加算されます。
このように、被害者が怪我をした場合と亡くなった場合とでは、示談に対する根本的な考え方が異なります。
なお、即死ではなく治療後に亡くなった場合には、治療費や慰謝料を別途請求できるので、忘れずに請求することが大切です。
死亡事故では誰が慰謝料を受取ることができるのか?
交通死亡事故の場合では、被害者に代わって、被害者のご遺族(相続人)が加害者に対して損害賠償請求を行っていかなければなりません。
ですから、損害賠償金を受け取る権利はこの相続人にある、ということになります。
相続する権利の第1位は配偶者です。
配偶者以外の相続人の順位は次のようになります。
第1順位「子」
第2順位「親」
第3順位「兄弟姉妹」
ただし、これらの人がすべて相続人になるわけではないことに注意が必要です。
たとえば、被害者に妻と子がいる場合には、妻と子は相続人になりますが、親や兄弟姉妹は相続人にはなりません。
また、被害者に子供がいない場合は、妻と親だけが相続人となり、兄弟姉妹は相続の対象にはなりません。
なお、第1順位から第3順位の中に「孫」が入っていませんが、仮に第1順位の「子」が亡くなっている場合には、子の代わりに孫が第1順位になることは覚えておいてください。
このように、相続人の順位については数多くの組み合わせがありますが、誰が相続するかは、すべて法律で決められているのです。
死亡事故で遺族が慰謝料を受取る場合の割合
前述した通り、損害賠償金の相続には優先順位があります。
相続はこの相続順位によって行われますが、じつはその割合は相続人の間で均等に分割するというわけではありません。
法律で定められている「法定相続分」によって、誰がどれくらいの割合で相続するのかが決められるのです。
たとえば、配偶者と子1人が相続人の場合を考えてみます。
それぞれが、2分の1ずつの相続になります。
子が2人いる場合には、配偶者が2分の1、それぞれの子が4分の1を相続します。
つまり、配偶者はそのまま2分の1を相続することになりますが、子は2分の1の相続分をその人数によって分割して相続することになるのです。
このように、同順位の相続人は均等分割して相続するというのが基本的な考え方になるのです。
なお、被害者が相続にかかわる「遺言書」を残している場合は、その内容も考慮して相続が行われることになります。
死亡事故の慰謝料の相続について、もっと詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。
【参考記事】
【交通死亡事故の相続】被害者の親族で誰が慰謝料受け取ることができるのかを解説
示談交渉や相続問題を解決する
損害賠償金は、被害者の相続人が加害者に対して損害賠償請求を行うことで支払われます。
逆の視点から見れば、ご遺族の間で相続について話し合いがまとまらなければ、損害賠償請求が滞ってしまい、示談交渉も上手くまとまらないということです。
ただ、損害賠償金だけでなく他の相続財産も含めると、遺族間で相続を決定するのに時間がかかるケースも少なくないのが現実です。
このような時には、法律で定められている法定相続分に従って請求するか、遺産分割未了で請求するかのいずれかを選択するしかありません。
いずれにせよ、交通事故の被害者の相続問題で大切なことは、相続人とその分割割合を速やかに決定することです。
そして、示談交渉や相続問題は待っていても誰も解決してくれないということを知るべきです。
万が一、相続問題が解決しない場合などは弁護士に解決依頼をするのも、ひとつの解決策であるといえます。
代表社員 弁護士 谷原誠