交通事故の休業補償と休業損害の違いと計算方法
「交通事故の被害にあい、入院・通院して治療をしたため、仕事を休むことになった」
「治療の甲斐なく後遺症が残り、以前のようには働けなくなった……」
働くことができなければ収入を得ることができなくなるので、交通事故の被害者の方にとっては、お金の問題も悩みの種になってきます。
そうした場合に受け取ることができるものが「損害賠償金」(状況に応じて示談金とも保険金とも呼びます)です。
損害賠償金の中には、治療費や慰謝料、逸失利益、将来介護費など、さまざまな項目があるのですが、その1つに「休業補償」や「休業損害」があります。
よく似た言葉ですが何が違うのでしょうか?
本記事では、休業補償と休業損害の違いについて、その計算方法とは? という内容を中心にお話ししていきます。
「休業補償」と「労災保険」について簡潔に解説します
休業補償とは?
☑休業補償を受け取るには労災と認定されることが必要
・仕事中、ケガをした、死亡したという場合は「労働災害(労災)」になります。
・労災には2種類あり、業務中のケガや病気、死亡の場合は「業務災害」、通勤途中などで交通事故の被害にあったような場合は「通勤災害」になります。
☑休業補償=労災保険から受け取ることができる「仕事を休んだ分の補償」
・労災と認められたら、労災保険から「休業補償」を受け取ることができます。
・休業補償とは、仕事を休んだために得られなかった収入分を労災保険から受け取るものです。
・休業補償には、次の3つがあります。.
②複数事業労働者休業給付(複数業務要因災害の場合)
③休業給付(通勤災害の場合)
☑休業補償の内容・条件等について
・休業補償の請求先は、労災保険になります。
・休業補償は、雇用されて働いている人=会社員・アルバイト・パートなどが受けられます。
・休業補償には上限はありません。
・休業補償には過失相殺はありません。
・過失相殺とは、その交通事故の発生や被害の拡大について、被害者側にも過失(責任)がある場合、その割合(過失割合)に基づいて損害賠償金額を差し引く=減額することです。
・被害者の方に交通事故での過失割合がついたとしても、休業補償は減額されることなく、全額を受け取ることができるわけです。
☑休業補償の計算方法
・休業の4日目から、休業が続く間の補償が支給されます。
・支給額は、給付基礎日額の60%です。
・給付基礎日額=労働基準法の平均賃金に相当する額で、平均賃金は事故日または疾病発生確定日の直近3か月間の賃金を基礎とします。
給付基礎日額の60%×休業日数=休業補償給付・休業給付
労災保険とは?
☑労災保険=被害者の方が労災認定を受けた場合、本人やご遺族に対して保険給付を行なう制度
・交通事故で負った被害が通勤災害と認められれば、入院・通院には労災保険を使うことができます。
・労災保険は、健康保険とは違い自己負担がないというメリットがあります。
・労災保険では、休業補償以外にも、傷病補償給付や障害補償給付などさまざまな給付があります。
【参考情報】
「労災保険給付の概要」(厚生労働省)
通勤災害では、さまざまな手続きがあり、法的な知識が必要なため、一度弁護士に相談してみることをおすすめします。
「休業損害」の内容と計算方法について
休業損害とは?
☑休業損害=加害者側の自賠責保険や任意保険から受け取ることができる、仕事を休んだ分の補償
・交通事故で傷害(ケガ)を負って、入院・通院をして治療をした場合、仕事を休まざるを得ません。その間の得られなかった収入分を「休業損害」といいます。
・休業損害は、ケガが完治した場合、あるいは症状固定の診断後に後遺症が残ってしまうまでの間の収入分になります。
・なお、後遺症が残り、ご自身の後遺障害等級が認定されてからの損害分は「逸失利益」になります。
・休業損害は、人身事故全般に適用されます。
・たとえば、通勤災害でケガを負った場合に、労災保険に休業補償を申請せず、加害者側の自賠責保険の取り扱い会社や加入している任意保険会社から休業損害を受け取ることもできるわけです。
・ただし、労災保険からの休業補償と、自賠責保険からの休業損害を二重に受け取ることはできないことに注意が必要です。
☑休業損害は書類提出後1~2週間で支払われる
・休業損害の支払いを受けるには、休業したことを証明する書類=「休業損害証明書」が必要です。
・会社員の場合は、勤務先の会社に休業損害証明書を作成してもらいます。
・保険会社によって異なりますが、概ね休業損害証明書の提出後、1~2週間で休業損害分が支払われます。
休業損害が認められる条件と計算方法
①給与所得者(会社員・公務員)の場合
【認められる条件・金額】
・交通事故で負ったケガが休業の原因であること。
・交通事故の前の収入を基礎として、ケガのために休業したことによる現実の収入減分が休業損害として認められます。
3か月(事故前)の給与の合計額÷90日×休業日数=休業損害
②個人事業者の場合
【認められる条件・金額】
・ケガにより就労できなかったこと。
・休業中の固定費については、事業の維持・存続のために必要やむを得ないものであること。
・通常、事故前年の確定申告書に記載している所得額を基準とします。
・実際の所得額よりも低く申告しているケース(節税対策など)では、申告額以上の収入があったことを帳簿や請求書、領収書等の資料から確実に証明できた場合には、申告額を超える収入額が認められる場合もあります。
・ただし、「納税義務をきちんと果たしていないのに損害金だけは実際の収入額に応じてもらえる」といった事態を裁判所としても安易には認めるわけにはいかないのため、証明のハードルはかなり高くなります。
・そうした場合には、「修正申告」を行なって、きちんと税金を納めることも検討する必要があります。
・確定申告をしていない場合でも、「相当の収入があった」と認められる場合は、「賃金センサス」の平均賃金を基礎として休業損害を算定することが認められています。
<賃金センサスとは?>
厚生労働省が毎年実施している「賃金構造基本統計調査」の結果をまとめたもの。
労働者の就労形態別の賃金の実態がわかるようになっている。
③会社役員の場合
【認められる条件・金額】
・ケガを原因として就労できなかったこと。
・交通事故のケガによって就労できなかった期間の労務提供の対価部分が認められます。
<会社役員の報酬とは?>
・取締役など、会社の役員が受け取る報酬は、「利益配当的な部分」と「労務の対価としての給与部分」に分けることができます。
・労務の対価としての給与部分は、就労不可能になり会社から支給されなくなれば当然その分が休業損害と認められますが、利益配当的な部分は働けるかどうかに関係ないため、休業損害とは認められません。
みらい総合法律事務所が実際に解決した増額事例
49歳の会社役員の男性が、緊急車両接近のために自動車を停止させたところ、後方から走行してきた自動車に追突された交通事故。
右膝十字じん帯を損傷し、治療をしましたが症状固定のため、神経症状の後遺症が残ってしまいました。
後遺障害等級は12級7号が認定され、加害者側の任意保険会社は示談金として約637万円を提示。
被害者の方は、この金額に納得がいかなかったため、みらい総合法律事務所の無料相談を利用。
そのまま示談交渉のすべてを依頼されました。
弁護士が保険会社と交渉したところ、休業損害や逸失利益が争点となりましたが、最終的には弁護士の主張を保険会社が受け入れ、約2倍に増額の1210万円で解決したものです。
④主婦(家事従事者)の場合
【認められる条件・金額】
・ケガのために家事を行えなかったこと。
・家事を行なっていても、その対価として金銭を受け取っているわけではありませんが、主婦の場合でも休業損害は発生します。
・それは、事故の影響で家事が行なえないと、誰かがそのしわ寄せを受けることになりますし、場合によっては家政婦などを頼まざるを得ない事態も考えられるからです。
・賃金センサスの産業計・企業規模計・学歴計女子労働者全年齢平均の賃金を基礎として、ケガのため家事を行えなかった期間の金額が認められます。
⑤失業者(無職者)の場合
【認められる条件・金額】
・失業中の人には現実の収入減がないため、原則として休業損害は発生しません。
・しかし、就職活動を行なっていた、就職が内定していた、というように労働能力および労働意欲があり、就労の蓋然性がある場合には、受傷によって就労できなかったとして、休業損害が認められます。
・基礎となる収入額については、実際に就職先が既に決まっていた場合には、その就職先の給料が基礎となります。
就職活動中で、まだ就職先が決まっていなかった場合には、就労の確実性が低いとされ、賃金センサスの平均賃金あるいは平均賃金の7、8割程度を基礎として認められる可能性があります。
⑥学生・幼児の場合
【認められる条件・金額】
・学生や幼児の場合は、収入がないので原則として休業損害は認められませんが、学生でアルバイト収入などがあった場合は、ケガによって就労できなかった期間の収入について休業損害として認められる可能性があります。
・ケガのために就職活動ができず、就職が遅れてしまった場合には、賃金センサスの平均賃金に基づいて、就職が遅れた期間についての休業損害が認められる可能性があります。
⑦外国人の場合
【認められる条件・金額】
・働いている場合には当然、休業損害が発生しますが、外国人の場合には在留資格との関係で、収入の継続性や安定性が問題となります。
・永住者としても在留資格を持っている場合、就労可能な在留資格を持っている場合、日本で働いていなかった場合などによって変わってくるので、一度、弁護士に相談してみることをおすすめします。
休業損害は労災保険と自賠責保険どちらを使うべきか?
ここでは、通勤災害でケガを負った場合に、①労災保険から休業補償を受け取ったほうがいいのか、それとも②自賠責保険から休業損害を受け取ったほうがいいのか、について考えていきます。
自賠責保険とは?
交通事故に関わる保険には、「自賠責保険」と「任意保険」がありますが、ここでは労災保険と自賠責保険の関係や、どちらを使うべきかについて考えていきます。
☑自賠責保険は自動車を運行する場合、必ず加入しなければならないため、強制保険とも呼ばれます。
☑業務中や通勤中の交通事故(労災)の場合でも、もちろん使うことができます。
☑ただし、前述したとおり、労災保険と自賠責保険で、同じ損害項目について両方から二重に支払いを受けることはできないので、注意してください。
労災保険と自賠責保険のどちらを使う?
労災保険を管轄する厚生労働省から、「原則として、自賠責保険の支払を先行させる」という通達が出されています。
しかし、通達というのは下級行政庁を拘束しますが、労働者に対する強制力はないので、労働者はどちらの保険を優先させるのかを自由に決定することができます。
ただし、注意が必要なポイントがあります。
次のような事情がある場合は、労災保険を優先させたほうが被害者の方が有利になる場合があるのです。
①被害者の過失が大きい場合
・自賠責保険では被害者の方の過失割合が7割以上の場合、5割~2割の範囲で保険金額が減額されてしまうのですが、これを「重過失減額」といいます。
・この場合は、労災保険を優先して申請したほうがいいでしょう。
②過失割合について加害者側と争いになっていて解決していない場合
③加害者が無保険の場合/任意保険に加入していない場合
・交通事故の通勤災害(労災)で加害者が無保険(自賠責保険に加入していない)の場合、自賠責保険は使えないので労災保険に申請することになります。
・また、加害者が自賠責保険には加入しているが、任意保険には加入していない場合は、労災保険を優先させたほうがいい場合があります。
・しかし、労災保険には慰謝料がないので、自賠責保険を優先させて治療費で使い切ってしまうと、傷害部分の支払い限度額は120万円のため、慰謝料分として受け取ることができなくなってしまう場合があるのです。
・こうしたケースでは、まず労災保険を優先させて治療を行ない、労災保険から自賠責保険への求償が行なわれる前に自賠責保険に請求します。
そうすれば、自賠責保険から慰謝料を回収することができる場合があります。
以上、休業補償と休業損害の違いについて、またその計算方法や注意ポイントなどについて解説しました。
代表社員 弁護士 谷原誠